チップで負けたなら、チップの数で勝つ。
単体性能は3分の1。電力は4倍。それでもHUAWEIはシステム全体でNVIDIAを上回った。西側では成立しない解が、中国では成立する。
単体性能は3分の1。電力は4倍。それでもHUAWEIはシステム全体でNVIDIAを上回った。西側では成立しない解が、中国では成立する。
第3話の最後に、こう書いた。
西側は、みんな「効率」という同じ土俵の上で競っている、と。
でも、まったく別の関数で戦っている国がある。
その話をする前に
一度、日本の話をしたい。
2010年、日本が経験した、ある「制約」の話だ。
2010年、レアアースが止まった
2010年、日本は中国から、レアアース(希土類)の輸出制限を受けた。
レアアースは、強力な磁石に必要な材料だ。
その磁石は、電気自動車やエアコンのモーターに使われている。
原料の供給を止められた。
日本の産業界は、どう対応したか。
「レアアースを、どこかから買ってくる」ではなかった。
磁石の設計そのものを、変えたのだ。
重希土類をほとんど使わない磁石が開発され、
レアアースに頼らないモーターが作られた。
部品の調達問題として解くのではなく、
設計思想の問題として解いた。
ただし、完全な勝利と呼ぶのは正確じゃない。
依存度は大きく下がったが、ゼロにはできなかった。
レアアースの精錬・分離工程は、今も中国が圧倒的に握っている。
だから覚えておきたい教訓は、こうだ。
制約がイノベーションを生むのは、代替経路が存在する場合だけである。
そして今その制約を受ける側に回っているのが、中国だ。
二重の「禁止」
まず、前提を整理する。
中国のAIチップをめぐる「禁止」は、実は両側からかかっている。
米国は、最先端のNVIDIAチップを中国に売らせない。
そして中国政府も、自国企業に「NVIDIAを買うな」と指示している。
しかも、この方針は数ヶ月単位で反転する。
- 2025年4月、米国がH20の対中輸出に許可を必須化。
- 同年7月、一転して緩和。
- 同年9月、中国側がByteDanceやAlibabaに、NVIDIA製品の発注停止を指示。
- 同年11月、米国が別のモデルをブロック。
- 2026年1月、米国がH200の対中販売を、条件付きでルール化。
- 2026年7月、中国側が主要AI企業に限り、H200購入を限定的に容認と報道。
売るなと言われ、買うなと言われ、しかも方針が反転し続ける。
長期の調達計画を立てられない相手から、企業は買わない。
だから規制が緩んだ後も、NVIDIAは中国の顧客基盤を取り戻せていないと報じられている。
裏ルートも細っている。
第三国経由で持ち込まれたGPUの闇市場では、2026年に入って在庫が枯渇し、
Blackwell世代のサーバー1台が約1億6,000万円相当まで高騰したという報道もある。
つまり中国は、今、本当に「買えない」状態にある。
レアアースを止められた日本と、同じ場所に立っている。
で、中国は何をしたか
HUAWEI(ファーウェイ)の「CloudMatrix 384」を見てほしい。
これが、レアアース不要モーターの、AIチップ版だ。
まず、チップ単体では、話にならない。
NVIDIAのGB200は、BF16(AI計算の精度の一種)で約2,500 TFLOPS。
HUAWEIのAscend 910Cは、780 TFLOPS。
3倍以上の差だ。
メモリの帯域も、容量も、NVIDIAが上。
単体勝負なら、F1マシンとファミリーカーくらいの差がある。
それでもHUAWEIは、システム全体では上回った。
どうやったか。
910Cを、384個、16ラックに並べた。
そして6,900本を超える光トランシーバで、
すべてのチップが、他のすべてのチップと直接通信できるネットワークを組んだ。
結果システム全体で約300 PFLOPS。
NVIDIAのGB200 NVL72(約180 PFLOPS)を、上回る。
メモリ容量は3.6倍。総メモリ帯域は2.1倍。
しかも使っているメモリは、旧世代のHBM2Eだ。
分析会社SemiAnalysisは、この構造を一言で表している。
「5倍の数を積めば、1個あたりの性能が3分の1でも、十分に上回る」
チップで負けたなら、チップの数で勝つ。
これが、中国の答えだった。
もちろん、タダではない
代償は、電力だ。
GB200 NVL72が約145kWに対し、CloudMatrix 384は約560kW。
約4倍。
計算量あたりの電力効率で見ると、2.5倍悪い。
普通、この数字は「だから話にならない」という結論になる。
西側では、そうだ。
このシリーズで何度も書いたように、AIの最大の制約は電力だと言われている。
電力効率が2.5倍悪いなんて、致命的だ。
しかし、中国では逆なのだ。
ここが、決定的に重要な点
SemiAnalysisは、この点を明確に指摘している。
中国では、電力が相対的に安く、潤沢にある。
一部地域では、電気料金が下がってさえいる。
つまり「効率で負けても、物量で勝つ」という、
西側では成立しない解が、中国では成立する。
制約が、設計思想を変えた。
手に入らない部品を諦め、
系全体を設計し直して、要求性能に到達する。
レアアース不要モーターと、まったく同じ構造だ。
そして、ここで第3話の話とつながる。
第3話で、西側は「効率」という関数で最適化している、と書いた。
1チップあたりの性能、ワットあたりの性能、そのための微細化。
中国は、「物量と電力」という別の関数で最適化している。
1チップで負けるなら、5倍積む。
効率で2.5倍負けるなら、安い電気で埋める。
同じ土俵で、競争していない。
同じ発想は、他社にもある
HUAWEIだけの話ではない。
Moore ThreadsとSiliconFlowが2026年8月に出した白書では、
自社GPUが海外ハイエンド品の1枚あたり性能の約半分を出し、
「2枚で1枚を置き換える」比率で、実運用クラスタでの等価置換を達成したとしている。
1枚で追いつくのを、諦める。
比率で、解決する。
これも、同じ思想だ。
「追いつけないなら、追いつかなくていい」
「同じものを作らなくていい」
制約を受けた側は、しばしば、
制約をかけた側が想定していなかった方向に進む。
「粗悪なコピー」という見方は、もう成立しない
ここで、一つの偏見を、正しておきたい。
戦後の日本が「安かろう悪かろう」から始まったように、
中国製品も、その段階を通過してきた。
だから今も「中国のチップは、しょせんコピーだ」と思っている人がいる。
でも、今の数字は、その段階の話ではない。
ソフト面が、特に顕著だ。
HUAWEIは2025年8月、CANN(カン)のオープンソース化を発表した。
CANNは、Ascendチップ向けの計算基盤いわば、HUAWEI版CUDAだ。
2026年5月の開発者会議では、全面公開を宣言。
50以上のコード群、800以上の演算子(計算の基本部品)を公開し、
PyTorchの2,300以上の窓口と揃えたという。
Moore ThreadsのMUSAには、80万人の登録開発者がいる。
そして、最も象徴的な出来事がある。
国産チップ勢が、中国の最新AIモデル「DeepSeek V4」に対して、
Day-0対応モデル発表と同日に、自社チップで動く状態を達成した。
これは、追随ではない。
並走だ。
市場の数字も動いている。
2025年には中国製AIチップの国産シェアが41%に達したとされ、
今後12ヶ月で、中国企業のAIチップ予算に占める国産比率は
30%から46%へ上がる見通しだという。
ただし、日本との類推には限界がある
ここは、冷静に見ておきたい。
「日本もレアアースを乗り越えた。だから中国も乗り越える」
そう単純には言えない。
なぜなら、決定的な違いがあるからだ。
日本は、道具を買えた。中国は、買えない。
戦後の日本は、欧米から製造装置も材料も技術も、普通に調達できた。
制約されたのは、主に「出口」貿易摩擦だった。
対して、中国が制約されているのは「入口」だ。
作るための道具そのものが、手に入らない。
その最大の壁が、EUV(極端紫外線露光装置)だ。
最先端の回路をチップに焼き付けるための装置で、
オランダのASML社がほぼ独占している。
中国は、これを買えない。
中国が近い将来、国産EUVで自立できる可能性は低いという見方が支配的だ。
試作機の報道はあるが、量産は数年先とされる。
日本が一度も直面しなかった壁である。
それでも壁は、想定より早く削られている
ただその壁も、無傷ではない。
2026年7月、上海の政府系企業が、
国産のArF液浸DUV露光装置(EUVの一世代前の技術)の、小規模量産を始めた。
2026年に約5台、2027年に約20台の計画だという。
数字だけ見れば、取るに足らない。
ASMLは2025年に131台を納入し、シェアは98.7%。
桁が2つ違う。
重要なのは、速度のほうだ。
ある予測機関は2026年6月時点で、
中国製露光装置の商業規模での登場を「2030年代半ば」と見ていた。
今回の量産開始は、その予測を3〜4年、前倒ししている。
しかも「5台」という数字は、量産というより、
学習サイクルを回すための数と見られている。
少数を納入し、顧客の工場で不具合を出し、改良し、データを集める。
SMICなど国内の大手が、検証に協力する体制がある。
この「囲われた実験場」は、当時の日本には存在しなかった条件だ。
「代替経路の有無」で、見る
冒頭の教訓に戻る。
制約がイノベーションを生むのは、代替経路がある場合だけだ。
この基準で、中国の前にある3つの壁を見ると、こうなる。
- EUV(製造装置)代替経路あり。
SMICは、ASMLの旧世代装置で「マルチパターニング」(複数回に分けて焼く手法)を強行し、7nm級を実現できることを示した。効率は悪いが、道はある。 - HBM(高速メモリ)代替経路は薄い。
帯域は帯域であり、設計で消せない。第3話の第4層と同じ、冷酷な壁だ。ただしCloudMatrixは、旧世代HBMを大量に積むことで、総帯域でNVIDIAを上回った。ここにも系レベルの逃げ道が作られた。 - CUDAの堀(ソフト)そもそも制約が効かない。
CANNをオープンソース化するのに、EUVは要らない。演算子を800個書くのに、露光装置は要らない。
三つ目が、この記事の結論になる。
中国は堀を埋めない。隣に城を建てる
第3話で、CUDAの堀は4層あると書いた。
言語・ライブラリ・通信・供給網。
そのうち、中国が物理的に制約されているのは
供給網の層だけだ。
言語、ライブラリ、通信の3層に、輸出規制は効かない。
これらは、頭と時間があれば作れる。
だから最もありそうなシナリオは、こうだ。
中国は、ハードウェアで負けたまま、ソフトウェアの堀を先に崩す。
しかも、その副作用が面白い。
CANNは、完全なオープンソースだ。
西側でCUDAの代替を目指すオープンな取り組みが足踏みしている間に、
実装で先を越されている可能性がある。
もし中国発のオープンな計算基盤が、CUDAの代替として成熟したら
恩恵を受けるのは、中国だけではない。
皮肉な話だが、
輸出規制が、オープンソースの計算基盤を生んだ
ということになりかねない。
規制がなければ、中国企業はNVIDIAを使い続けていたはずだ。
規制こそが、脱依存の動機を生み、国産チップへの投資と需要を一気に拡大させた。
この逆説は、複数の分析が指摘している。
反対側の見方も、置いておく
とはいえ、中国優位論に振り切るのも危うい。
米外交問題評議会(CFR)は2026年の報告書で、
HUAWEIのチップ性能はまだNVIDIAに大きく及ばない、としている。
シェアの変動は、性能差が埋まった結果というより、
政策による調達の切り替えの影響が大きい、という見方も根強い。
国産比率41%という数字は、競争に勝った結果ではなく、
「買う先を指定された結果」かもしれない。
産業政策としての評価も割れる。
長期の時間軸で一貫している点を評価する分析がある一方、
補助金による過剰投資や、政策で需要を作った結果としての非効率を指摘する声も強い。
そして、HBMの月産5,000枚という数字は、当面動かない。
「追いついたか」ではなく、「同じものを作ろうとしていたのか」
第3話と第4話を合わせると、こう整理できる。
西側は「効率」という関数で最適化している。
中国は「物量と電力」という別の関数で最適化している。
同じ土俵で競争していない。
だから
「中国はまだ追いついていない」も、
「中国はもう追いついた」も、
どちらも部分的に正しい。
測っている軸が違うからだ。
レアアース不要モーターがそうだったように、
制約を受けた側は、しばしば、
制約をかけた側が想定していなかった方向に進む。
そのとき問題になるのは、「追いついたか」ではない。
「そもそも、同じものを作ろうとしていたのか」だ。
そして、最終話へ
ここまで4話かけて、CUDAの堀を見てきた。
誕生の物語。
雪だるまが山になるまで。
4層の採点。
そして、隣に建つ別の城。
最終話では、ここから先を考える。
独占は、続くのか。
堀は、分散するのか。
別の城が、世界を二つに割るのか。
そしてその中で、日本と、私たち一人ひとりは、どこに立つのか。
AIの心臓部は、誰のものになるのか。
その問いに、一つの答えを出して、このシリーズを閉じたい。