AIの心臓部

AIの心臓部は、誰のものになるのか

学習では独占が続き、推論では分散し、地政学では二つに割れる。三つの世界線は、同時に起きる。

学習では独占が続き、推論では分散し、地政学では二つに割れる。三つの世界線は、同時に起きる。

第1話で、種を蒔いた男の話をした。
第2話で、その種がAIと出会い、山になるまでを追った。
第3話で、その山を囲む4つの堀を採点した。
第4話で、堀の隣に建ち始めた別の城を見た。

ここまでで、「今、何が起きているか」は、だいたい見えた。

最終話では、その先を見る。

これから、何が起きるのか。
そして、私たちは、どこに立つのか。

もう一度、見取り図を

このシリーズの導入で、3つの世界線を示した。

  • 世界線A独占が続く。
  • 世界線B堀が分散する。
  • 世界線C別の城が建つ。

4話分の材料が揃った今、これらを一つずつ、精査していく。

先に言っておくと
答えは「どれか一つが当たる」ではない。

三つとも、同時に起きる。

ただし、場所によって、時間軸によって、どれが強く出るかが違う。

それを、見ていこう。

世界線A:独占は「学習」で続く

第3話で見たように、CUDAの深い堀(ライブラリと供給網)は、無傷だった。

そして、この堀が最も効く場所がある。

「学習」だ。

AIモデルを作る作業は、無数の試行錯誤の連続だ。
新しい手法を試し、失敗し、また試す。

このとき必要なのは、柔軟性だ。
何をやるか決まっていないから、何でもできる道具がいる。

そして、20年分の部品が揃っていて、
世界中の研究者が使い方を知っている道具はCUDAしかない。

最先端のAIモデルを作る「学習」の現場では、
NVIDIAの独占は、当面続く。

第2話で書いた「堀は時間の差」という構造は、ここで最も強く働く。
時間の差は、時間でしか埋まらない。
そして、NVIDIAは止まっていない。

世界線Aは、「学習」という領域で、続く。

世界線B:「推論」で、堀は分散する

でも、AIの仕事は「学習」だけじゃない。

第3話で書いた「推論」(できたモデルを使って答えを出す作業)は、
2026年にはAIデータセンターの計算力の3分の2を占めるようになっている。

そして、推論は、専用チップが強い。

決まったモデルを、繰り返し動かす。
柔軟性は要らない。安く、速く、省電力で動けばいい。

だから、Googleは自社のTPUで推論を回す。
Metaも、Amazonも、自社チップに移していく。

推論の世界で、NVIDIAは「一択」から「選択肢の一つ」になる。

でも、第3話で書いた皮肉を、忘れてはいけない。

専用チップも、新しい堀を掘る。

TPUに最適化したコードは、TPUから離れにくい。
一つの城が、複数の城になるだけで、
開発者の自由は、たいして増えない。

世界線Bは、「推論」という領域で、確実に進む。
ただし、それは「解放」ではなく「分散」だ。

世界線C:世界は、二つの生態系に割れる

そして、第4話の中国だ。

効率を捨て、物量と電力で殴る。
HUAWEI版CUDAである「CANN」をオープンソースにする。
輸出規制が効かないソフトの層から、堀を崩す。

この道が続くと、何が起きるか。

AIの世界が、二つの生態系に割れる。

NVIDIA-CUDAを中心とした、西側の生態系。
HUAWEI-CANNを中心とした、中国の生態系。

これは、かつてのスマートフォンで起きたことに、似ている。
iPhoneとAndroid。二つの世界が、並立している。

ただし、大きく違うことがある。

スマホの二つの世界は、同じ土俵で競っていた。
使いやすさ、性能、価格同じ軸で比べられた。

でも、AIの二つの生態系は、
第4話で見たように、最適化している関数が違う。

西側は効率。中国は物量。

だから、どちらが「勝った」かを、同じ物差しでは測れない。
二つの世界は、競うというより並走する。

世界線Cは、「地政学」という軸で、進む。

三つの世界線が、重なる

まとめると、こうなる。

  • 「学習」では、NVIDIAの独占が続く(A)。
  • 「推論」では、専用チップに分散する(B)。
  • 「地政学」では、西と中国の二つの生態系に割れる(C)。

三つは、矛盾しない。
同じ時代に、別の場所で、同時に進む。

だから、これからの世界を一言で言うと

「一つの城」の時代が終わり、「複数の城が並ぶ」時代になる。

NVIDIAという巨大な城は、残る。
でも、その周りに、Googleの城、Metaの城、HUAWEIの城が建つ。

一択が、選択になる。
独占が、多極になる。

これが、2030年ごろの景色だと、私は思う。

ここで、日本の話をする

このシリーズで、ずっと米国と中国の話をしてきた。

では、日本はどこにいるのか。

正直に言う。
「城」の競争には、日本は参加していない。

CUDAのような計算基盤を、日本は持っていない。
TPUのような大規模な自社チップも、ない。
HUAWEIのような、国家規模の「物量」戦略も、ない。

でもこのシリーズを最後まで読んだ人なら、気づくはずだ。

「城」の競争が、唯一の競争ではない。

第3話と第4話で、西側は「効率」、中国は「物量」で最適化している、と書いた。

では、日本が持っている軸は、何か。

日本の軸は、「効率の、さらに先」

このサイトで、いくつかの記事を書いてきた。

人間の脳は、20ワットで動く。
奈良のLENZOは、データを「運ばない」設計で、桁違いの省電力を狙っている。
Preferred Networksの「MN-Core」は、電力あたり性能に特化した国産AIチップだ。
そしてRapidusは、2027年に2nm世代の量産を目指し、そのMN-Coreを製造する計画がある。

関連記事:AIは今、「真空管の時代」にいる/本当に賢い知能は、奪わない。生み出す。

これらに、共通するものがある。

「効率」を、さらに突き詰める方向だ。

西側が追う「効率」は、汎用GPUの効率だ。
何でもできる道具を、少しずつ効率化する。

日本が追っているのは、その先
「特定の仕事を、極限まで少ないエネルギーでこなす」という効率だ。

これは、城の競争とは別の土俵だ。

でも、第3話で見たように、
AIの主戦場は「学習」から「推論」へ、そしてエッジ(端末)へ、と移っている。

推論とエッジで問われるのは、
「どれだけ賢いか」より「どれだけ少ない電力で動くか」だ。

そこは日本がずっと得意だった場所だ。

ただし、これは「勝てる」という話ではない

ここで、楽観に流れないでおきたい。

ペロブスカイトの記事で書いた。
技術で勝って、産業で負けた歴史を、日本は何度も繰り返してきた。

関連記事:日本はなぜ、勝っていたのに負けたのか 太陽電池・第一次敗戦の記録

省電力チップも、同じ罠がある。

技術的に優れていても、
ソフトの生態系がなければ、使われない。
第3話で見た「ライブラリの堀」は、日本製チップの前にも立っている。

LENZOも、MN-Coreも、Rapidusも
2026年の今、まだ「実証」と「立ち上げ」の段階だ。
Rapidusの2nm量産は2027年目標で、歩留まりはこれからの勝負。

だから、こう言うのが正確だと思う。

日本には、勝ち筋がある。だが、勝っているわけではない。

「城」の競争には出られない。
でも、「城の外」で必要になるもの
極限の省電力、特定用途の専用設計、信頼性
そこに、日本の居場所はある。

その居場所を、実際の製品と、実際の市場にできるかどうか。
それが、これからの5年で問われる。

そして、私たち一人ひとりは

最後に、足元に戻る。

国家や企業の壮大な話をしてきた。
でも、このコラムを読んでいるのは、一人の人間だ。

NVIDIAの堀が崩れるかどうかは、
私たちの生活に、直接は関係ないかもしれない。

でも、一つだけ、関係することがある。

このシリーズを通じて、繰り返し出てきた構造がある。

  • 第1話誰も求めていない答えを、10年用意し続けた者が、すべてを取った。
  • 第2話ゲーム用のグラボ2枚で試した学生が、歴史を変えた。
  • 第4話買えないなら、別の設計で解いた者が、隣に城を建てた。

全部、同じことを言っている。

制約の中で、別の道を見つけた者が、次の時代を作る。

これは、NVIDIAだけの話じゃない。
中国だけの話でもない。

日本の話でありそして、私たち一人ひとりの話でもある。

AIというツールが、国家の戦略資産になり、
使えるモデルが政治で変わり、
巨人たちが城を建てて争う時代。

その中で、個人にできることは、
どの城に住むかを選ぶことじゃない。

どの城でも使える、自分の力を持つことだ。

道具が変わっても、問いを立てられる。
モデルが止まっても、別のモデルで同じことができる。
CUDAでもCANNでもTPUでも、本質を見抜いて使い分けられる。

城は、誰かのものだ。
でも、城を使う力は、あなたのものだ。

AIの心臓部は、誰のものになるのか

タイトルの問いに、答えを出す。

AIの心臓部は誰か一人のものには、ならない。

2006年、一人の男が種を蒔いた。
2012年、その種が山になった。
2026年、その山の周りに、いくつもの城が建ち始めた。

一つの城が全部を持つ時代は、終わりに向かっている。
複数の城が並び、それぞれの関数で最適化し、
学習と推論、西と東、汎用と特化に、世界が分かれていく。

それは、混乱に見えるかもしれない。

でも、私はこう思う。

一択の世界より、選択のある世界のほうが、健全だ。

問いが来るのを、答えを持って待った者がいた。
その答えが世界を変え、その世界が今、次の答えを探している。

その「次の答え」は、まだ、誰の手にもない。

だから、まだ誰にでも、チャンスがある。

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