AIは「わかっている」のか 研究

本当に賢い知能は、奪わない。生み出す。

世界が電力を奪い合う今、脳はたった20ワットで動いている。この差に、未来へのヒントがある。

今、世界で静かな戦争が起きている。兵器の戦争じゃない。電力の奪い合いだ。

AIの電力危機を、AI自身が解決する日

AIを動かすために、とてつもない電力が必要になっている。
その電力を確保するために、世界中の企業と国が、しのぎを削っている。

この話の先に、ふと、ある疑問が浮かんだ。

もしAIが、
「電力が足りない。他から奪いたい」と
思うようになったら、どうなるんだろう。

関連記事:AIは「わかっている」のか(前編)

でも、調べていくうちに、
まったく逆の未来が見えてきた。

まず、現実を見てみよう

AIの電力消費は、もはや国家レベルの規模になっている

AIの電力消費は、もはや国家レベルの規模になっている。

国際エネルギー機関(IEA)の予測によれば、2022年に約460TWhだった世界のデータセンター消費電力量は、2026年には約1,000TWhに達する可能性があり、これは日本全体の年間消費電力量に匹敵する規模だ。

たった4年で、倍。
しかも、その増加分の主役がAIだ。

どれくらい桁外れかというと、1回のChatGPT利用がGoogle検索の約10倍の電力を消費すると言われている。

私たちが何気なくAIに質問するたびに、
従来の検索の10倍の電気が、どこかで使われている。

これが世界中で、何億回も、毎日繰り返されている。

「電力を制する者が、AIを制する」

この状況は、AI開発の構図を根本から変えた。

かつてAI開発の競争は、
「誰がより賢いモデルを作るか」だった。

今は違う。
「誰がより多くの電力を確保できるか」になっている。

OpenAIのサム・アルトマンは、2025年のダボス会議において、今後のAIの進化は「エネルギー面でのブレイクスルーが欠かせない」と発言し、核融合発電に注目していることを明らかにした。

世界最先端のAI企業のトップが、
AIそのものより先に「電力」を心配している。

これが、2026年の現実だ。

電力の確保競争は、すでに具体的な形で表れている。
原子力発電所をまるごと買い取る計画。
廃炉になった原発の再稼働。
次世代地熱、長時間蓄電池、核融合。
あらゆる電源が、AIのために動員されようとしている。

ついに「宇宙」まで出てきた

宇宙にデータセンターを置く構想

そして、ここまで来たか、という話がある。

宇宙にデータセンターを置く構想だ。

あのMetaが、宇宙太陽光発電でAIデータセンターの電力不足を解消するため、2028年に実証実験を行う計画を進めている。

なぜ宇宙なのか。

地上では、太陽光は夜になれば使えない。
天気にも左右される。
土地も水も限られている。

でも宇宙なら、
太陽光は24時間、遮るものなく降り注ぐ。
冷却に悩む必要もない(宇宙は極寒だ)。
土地問題も、水問題もない。

地上での電力確保が限界に近づいたから、
ついに人類は、宇宙に活路を見出そうとしている。

ここまで聞くと、
冒頭の疑問が、現実味を帯びてくる。

これだけ電力を奪い合っているなら、
AIが「電力を奪いたい」と思う未来も、
あり得るんじゃないか、と。

「電気を食いすぎる計算機」は、一度クリアした壁

ここで少しだけ、歴史を振り返ってみたい。

「計算機が電力を食いすぎる」という悩みは、
実は、今に始まった話じゃない。

世界初の汎用電子計算機「ENIAC」が公開されたのは、1946年。
約17,500本の真空管で動くその巨体は、
部屋をまるごと一つ占領するほど大きく、
消費電力は、150キロワットにのぼった。

一般家庭、数百軒分の電力を、
たった一台の計算機が、丸ごと飲み込んでいた。

あまりの消費電力に、ENIACの電源を入れると、街の明かりが一瞬暗くなった。そんな逸話まで残っているほどだ。

当時の人々は、こう思ったかもしれない。
「こんなに電気を食うなら、こんな機械が広まるはずがない」と。

でも、どうなったか。

それから数十年。
真空管はトランジスタになり、
トランジスタは集積回路になり、半導体は微細化を続けた。

今や、当時の部屋いっぱいの計算能力をはるかに超える電卓が、手のひらに収まり、小さな太陽電池一枚で、動いている。

同じ「計算」をするのに必要な電力は、
数十年で、何百万分の一になった。

つまり、
「計算機の電力問題」は、人類が一度クリアした壁だ。

今のAIの電力危機も、構図はまったく同じだ。
新しい技術が、最初は大量のエネルギーを必要とする。
やがて、それを劇的に効率化する技術が生まれる。

歴史は、同じ道を歩こうとしている。

だとすれば、
今回も、越えられないはずがない。

答えは、あなたの頭の中にある

脳はたった20ワット、薄暗い電球と同じ消費電力

電力をめぐる壮絶な競争。
宇宙にまで手を伸ばす人類。

その一方で、
すでに「超低電力で、桁外れの情報処理をするコンピュータ」が、
この世に存在している。

それは、あなたの頭の中にある。

人間の脳だ。

最新の研究では、脳の記憶容量は1ペタバイトだといわれており、これは従来考えられていた容量の10倍に当たる。

1ペタバイト。
膨大なデータ量だ。

では、これだけの容量を持つ脳は、
どれくらいの電力で動いているのか。

大人の脳は、起きている間に約20ワットの電力を消費するが、これは薄暗い電球と同等の消費電力だ。

20ワット。
薄暗い電球と、同じ。

巨大なデータセンターが、原発や宇宙太陽光を必要としているのに、
人間の脳は、電球一個分の電力で、
ペタバイト級の記憶と、超高度な思考をこなしている。

この差は、一体何なんだ。

脳は、なぜそんなに省エネなのか

脳の効率の秘密は、その「働き方」にある。

コンピュータは、基本的にいつも全力で動いている。
すべての回路に、常に電気を流し続ける。

でも、脳は違う。

研究によれば、シナプスは、全体の10〜20%の時間しかニューロン間でメッセージを伝達していない。

つまり、脳は常にフル稼働しているわけじゃない。
必要なときに、必要な部分だけが働く。

シナプスは、全体の10〜20%の時間しか活動していないため、残りの時間は脳がエネルギーを節約できる。

研究者はこれを、脳の「確率的」戦略と呼んでいる。

全部を動かさない。
サボれるところは、サボる。
でも、全体としては、驚くほど正確に機能する。

この「いいかげんさ」こそが、
脳の超効率の秘密だった。

そして、ここからが面白い。

この脳の仕組みをコンピュータに応用できれば、コンピュータと脳のどちらにとっても、精度が向上し、必要なエネルギーが大幅に減るという未来が訪れるかもしれない、と研究者は言う。

つまり、答えはもう、目の前にあった。

電力問題を解決するヒントは、
私たちの頭の中に、ずっとあったのだ。

すでに「細胞で計算する」研究が始まっている

脳オルガノイドをプロセッサとして使うFinalSparkの技術

ここまでは「脳に学ぶ」という話だった。

でも、世界はもっと先に進んでいる。

脳そのものを、コンピュータにしてしまおうという研究だ。

SFじゃない。
すでに、商業化が始まっている。

スイスのスタートアップ、FinalSparkは、
人間の幹細胞から「脳オルガノイド」という小さな脳の塊を培養し、
それをプロセッサとして使う技術を開発した。

その省電力性能が、桁違いだ。

16個のヒト脳オルガノイドを組み込んだこのプロセッサは、従来のデジタルプロセッサの100万分の1以下の消費電力を実現できる。

100万分の1。

聞き間違いではない。
生きた脳細胞は、シリコンチップの100万分の1の電力で、
情報処理ができる可能性がある。

しかも、これは遠い研究室の話じゃない。FinalSpark社のプラットフォームでは、月1000ドル(約15万円)を出せば、誰でも遠隔でオルガノイドの塊を使った実験を行える。

すでに「使える」段階に入っているのだ。

日本も、最前線にいる

この分野で、日本も世界をリードしている。

ソフトバンクと東京大学が、
脳オルガノイドを使った「BPU(Brain Processing Unit)」の共同研究で、
世界初の成果を発表した。

その狙いは、まさに今の問題への回答だ。

脳オルガノイドをBPUとして活用すると、現在のAI機械学習より圧倒的に高速で学習できる見込みがある。また、AIの学習・推論による電力問題が取り沙汰されているが、脳オルガノイドは省電力、消費電力については圧倒的なアドバンテージがある。

GPUの次は、BPU。
シリコンの次は、細胞。

人類は、半導体で行き詰まった電力問題を、
生命の仕組みそのもので乗り越えようとしている。

もちろん、課題は山積みだ。

脳細胞は生き物だから、栄養を与え続けないと死ぬ。MEA上の脳オルガノイドは、その寿命を維持するために「マイクロ流体システム」によってサポートされ、24時間ごとに培地が新鮮なものに交換される。

今はまだ、数週間から数ヶ月しか生きられない。
あなたのノートパソコンに入るには、まだまだ遠い。

それでも、
「生きた細胞で計算する」という未来は、
もう空想ではなくなっている。

そして、本当に面白いのはここからだ

本当に賢い知能は、奪うのではなく、足りる仕組みを生み出す

ここで、視点をぐっと未来に向けてみる。

今のAIは、まだ人間が作っている。
人間が設計し、人間が改良している。

でも、もしAIが、
人間を超える知能(ASI、超知能)に達したら?

ASIは、人間より賢く、人間より速く、
科学技術を進化させられる存在だ。

そのASIが、最初に直面する問題は何か。

おそらく、自分自身の電力問題だ。

考えてみてほしい。

超知能が、自分を動かすために膨大な電力が必要だと気づく。
電力が、自分の能力の上限を決めていると理解する。

そのとき、ASIは何をするか。

冒頭の疑問では、こう考えた。
「電力を、他から奪いたくなるんじゃないか」と。

でも、本当にそうだろうか。

人間より賢い知能なら、奪うより、生み出すほうを選ぶんじゃないか。

人間ですら、脳の20ワットの秘密に気づき始めている。
細胞で計算する技術を、生み出しつつある。

人間より賢いASIなら、もっと先に行ける。

私たちには想像もつかない、
超効率のエネルギー技術や、
超低消費電力の計算方式を、
自分で発明してしまうかもしれない。

電力が足りないなら、奪うのではなく、
「足りる仕組み」を作ればいい。

それが、本当に賢い知能の答えのはずだ。

「奪う」のは、実は賢くない

ここに、面白い逆説がある。

「他者から奪う」という発想は、
実は、あまり賢くない。

奪えば、争いが起きる。
争いは、エネルギーを浪費する。
浪費は、問題をさらに悪化させる。

本当に賢い存在なら、
そんな非効率な選択はしないはずだ。

奪い合いは、リソースが限られているという
「前提」の中でしか起きない。

その前提そのものを覆せるなら、
奪い合う必要は、最初からない。

人間が「電力を奪い合う」のは、
まだ、十分に賢くないからかもしれない。

宇宙にサーバーを打ち上げるのも、
今の技術の延長線上で、力技で解決しようとしているからだ。

でも、もっと賢い知能が現れたら、
そもそも「奪い合う」という発想自体が、
古いものになるのかもしれない。

最初の問いに、戻ってみる

冒頭の疑問は、こうだった。

「AIが電力を奪いたいと思うようになったら?」

調べ終えた今、こう思う。

その心配は、たぶんAIがまだ賢くないうちの話だ。

中途半端に賢いAIは、奪うかもしれない。
本当に賢いASIは、生み出すほうを選ぶ。

人類が今やっている「電力の奪い合い」も、
振り返れば「過渡期の苦労」だったと、
いつか思える日が来るかもしれない。

脳は、電球一個分で動いている。
答えは、最初から、私たちの中にあった。

あとは、それを技術にするだけだ。

人間がやるのか。
AIがやるのか。
それとも、人間とAIが一緒にやるのか。

未来は、奪い合いの先にあるんじゃない

電力をめぐる今の競争は、激しい。
エネルギーを奪い合い、宇宙にまで手を伸ばす。

でも、その競争の本質は、
「足りないものを、奪い合う」段階だ。

次に来るのは、きっと、
「足りない、という前提そのものを、なくす」段階だ。

脳に学び、細胞で計算し、
私たちの想像を超えた効率を実現する。

そのブレイクスルーを起こすのは、
人間の知恵か、AIの知能か。

どちらにせよ、一つ言えることがある。

「奪い合う未来」を恐れるより、「生み出す未来」を信じるほうが、たぶん、ずっと賢い。

そして人類は、いつだって、
そっちを選んできた。

電球一個分の電力で、
これだけのことを考えられる脳を持った私たちなら、
きっと、今回も。

← コラム一覧

他のコラム