コラム 研究

AIは今、「真空管の時代」にいる

元PlayStation技術者が挑む省電力半導体。「9割減」の中身を検証する

真空管からトランジスタへのジャンプは、「真空管を細くする」努力からは生まれなかった。

前に、こんなことを書いた。

世界初期の汎用電子式デジタル計算機ENIACは、約150キロワットを食う怪物だった。「電源を入れると街の明かりが暗くなった」という有名な逸話まである。もっとも、この話については、開発者本人が後に作り話だったと否定している。

それでも、ENIACが途方もない電力を必要とする巨大な計算機だったことは間違いない。それが今や、電卓は小さな太陽電池一枚で動く。同じ「計算」をするために必要な電力は、数十年で何桁も小さくなった。

だから、今のAIが直面している電力危機も、きっと越えられる。そう書いた。

関連記事:本当に賢い知能は、奪わない。生み出す。

でも、あのときは書けなかったことがある。
では、誰が、どうやって越えるのか。

その一つの答えらしきものが、奈良から出てきた。

今のAIは、なぜあんなに電気を食うのか

チップから四方八方へ走るデータの流れ。AIの電力の多くはデータ運搬に使われる

前に、半導体チップが熱を出す理由を掘り下げたことがある。トランジスタのスイッチング。リーク電流という「漏れ」。微細化の限界。でも実は、それだけではない。

関連記事:なぜチップは、熱を出すのか その熱は、無駄なのか

AIの計算では、演算そのものだけでなく、「データの運搬」にも膨大な電力が使われている。

考えてみると、当たり前の話だ。GPUの中では、こんなことが繰り返されている。

  • メモリからデータを取ってくる
  • レジスタやキャッシュに書き込む
  • 次の命令を読み、解釈する
  • 演算器へ配る
  • 計算する
  • 結果を、また別の場所へ渡す

乱暴に分ければ、本当に「計算」しているのは、このうち一部分だけだ。残りの多くは、運搬と段取りである。

とりわけAIのように大量のデータを扱う処理では、演算器の性能だけでなく、メモリ階層の間でデータを動かすコストが、消費電力と処理速度を大きく左右する。

従来のCPUやGPUは、広い意味でフォン・ノイマン型と呼ばれる構造を採っている。メモリから命令やデータを取り出し、計算し、結果を書き戻す。この往復が増えれば増えるほど、時間も電力もかかる。この種の問題は、広く「フォン・ノイマン・ボトルネック」と呼ばれてきた。

もちろん、現代のGPUも何も対策していないわけではない。キャッシュ、共有メモリ、レジスタ、並列演算器などを駆使し、データ移動を減らす工夫を極限まで積み重ねている。それでも、AIモデルが巨大化し続けた結果、データを動かすコストが、再び大きな壁として立ちはだかっている。

今のAIチップは、料理をするために、材料を取りに行く往復で体力の大半を使っているような状態なのだ。

奈良から来た、挑戦者

その構造に、真正面から挑んでいる会社がある。
LENZO(レンゾ)という。2024年12月に設立された、奈良県生駒市のスタートアップだ。

奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)の認定スタートアップで、CEOは元ソニーでPlayStation向け半導体の開発に携わった藤原健真氏。共同創業者は、元富士通でスーパーコンピュータ向けプロセッサ開発に携わってきた中島康彦教授だ。

この経歴が、面白い。

藤原氏は、PlayStation 2の「Emotion Engine」や、PlayStation 3の「Cell Broadband Engine」などの開発に関わった経歴を持つ。中島教授は、長年にわたって高性能計算機の研究開発に携わってきた計算機科学の専門家だ。

Emotion EngineとCellどちらも当時、「変わったチップ」と言われた。汎用性よりも、特定の処理を高速化することへ強く振った設計。扱いづらいが、処理がうまくハマったときの性能は凄まじい。

その思想と経験を持つ人たちが、今度はAIチップに挑んでいる。

「運ぶ回数を減らす」という発想

演算ユニットを直線状に並べ、データを隣へ流していくCGLAのイメージ

彼らが開発しているのは、CGLAというアーキテクチャだ。考え方は、驚くほどシンプルに見える。

演算ユニットを直線状に並べ、その間や近くにメモリを配置し、連続する計算を効率よく処理する。材料を使うたびに、巨大な倉庫まで取りに戻るその回数を減らす。工程の順に演算器を並べ、データを隣へ流していく。

工場でたとえるなら、こうだ。

今のGPUは、巨大な倉庫を備えた万能工場だ。優秀な作業員が大量に並び、さまざまな仕事を高速にこなせる。ただし、必要な材料を倉庫から運び、作業員へ配り、処理後にまた保管するための時間と燃料がかかる。

CGLAは、ベルトコンベア型の専用工場に近い。材料が工程の順に流れ、各作業員は目の前へ来たものを処理し、次の工程へ渡していく。

運搬を完全になくすことはできない。外部メモリとのやり取りも必要だし、データそのものは演算器の間を移動する。それでも、遠い場所へ何度も取りに行く回数を減らせれば、運搬に使う電力を大きく削減できる。

単純に見える発想だが、これがどれほど効くのか。

「消費電力9割減」は、本当なのか

報道では、「消費電力9割減」という数字が踊っている。ここは、正直に検証したい。

結論から言うと、嘘ではない。ただし、そのまま受け取ると誤解する。

研究段階で報告されているのは、こういう数字だ。

音声認識モデルWhisperの主要な演算処理をCGLA上で実装し、28ナノメートルのASICとして製造した場合を推定すると、RTX 4090に対して約9.8倍のエネルギー効率が得られる、という。

1回の処理に必要なエネルギーは、推定で約12.6ジュール。RTX 4090側は、約120ジュール。単純計算では、約89.5%減になる。

これが、「9割減」の根拠だ。ただし、ここには重大な注釈がつく。

同じ速度ではない。

同じ研究で示された値を単純に比べると、処理時間は、RTX 4090が約0.5秒。CGLAのASIC推定値が約11.1秒。処理時間は、20倍以上長い。

つまり、少なくともこの研究結果だけから、「同じ仕事を、同じ速さで、電力だけ10分の1」とは言えない。

より正確には、「数ワット級の電力で時間をかけて処理し、仕事が終わるまでに使う総エネルギーを減らす」という結果である。

しかも、まだ完成した実チップ同士を同じ条件で測定した数字ではない。CGLA側は、FPGA試作機による評価と物理設計をもとにしたASICの推定値だ。RTX 4090側との測定条件も、完全に対称とは言い切れない。見出しの「9割減」だけを見て興奮すると、足元をすくわれる。

それでも、この技術に夢がある理由

ここまで冷や水を浴びせておいて、なんだが、私はこの技術にかなりの夢を感じている。理由は、三つある。

一つ目。「遅くて省電力」が、ちょうどいい場所がある

防犯カメラ・ドローン・ロボット・家電・補聴器などのエッジ機器がチップに繋がる

速度が最優先ではない場所は、山ほどある。防犯カメラ。自動車のセンサー。ドローン。ロボット。補聴器。工場の設備。家電。

これらの機器に必要なのは、必ずしも「0.5秒で処理が終わる爆速」ではない。数秒以内で判断できれば十分な処理も多い。

それよりも重要なのは、数ワットで、何時間も、何日も、ずっと動き続けることだ。

数ワットでAIが動くなら、バッテリーだけで常時AIを走らせられる。映像や音声を、常にクラウドへ送る必要もなくなる。通信遅延や回線障害の影響を受けにくくなり、個人情報も外へ出にくい。

これは、AIの性能が上がるというだけの話ではない。AIの居場所そのものが変わる話だ。今までデータセンターにしか置けなかった知能が、家電やセンサーや小型機器の中へ入っていく。

二つ目。チップの省電力は、施設全体に効いてくる

ここは見落とされがちだが、大きい。チップの消費電力が100ワット減ると、減るのは100ワット分の電気代だけではない。

冷却ファンを小さくできる。空調の負荷が減る。電源装置を小さくできる。無停電電源装置も、ラックも、排熱設備も縮小できる。省電力は、その周辺設備へ連鎖し、増幅されて効いてくる。

前に、宇宙データセンターの話を書いた。宇宙では空気がないため、熱を風で逃がせない。大きな放熱パネルが必要になり、その大きさが衛星の重量を決め、最終的には打ち上げコストまで決めてしまう。チップが省電力になれば、その連鎖ごと軽くなる。

関連記事:「宇宙は寒いから冷える」は、間違いだった

地上の小型機器でも同じだ。ファンレスにできれば、静かになる。薄くできる。埃を吸い込みにくくなる。可動部品が減り、壊れにくくなる。AIチップが「熱源」であることをやめ、普通の電子部品へ近づいていく。それは、ちょっとした革命だ。

三つ目。28ナノメートルで、この数字が出ていること

小さなチップから膨大な情報が広がる。構造の変更に大きな省電力の余地が残る

これが、個人的には一番面白い。

比較対象のRTX 4090に搭載されているGPUは、TSMCの4Nという5ナノメートル系の製造プロセスで作られている。一方、CGLA側の推定は28ナノメートル。世代としては、かなり古い製造プロセスを想定している。

それでも、特定の処理では、エネルギー効率でRTX 4090を上回る可能性が示された。条件付きではある。実チップでの結果でもない。でも、この差を製造プロセスの新しさだけで説明することは難しい。

アーキテクチャ自体に、大きな省電力の余地が残されている可能性を示している。

ここ数十年、半導体の進歩では「微細化」が大きな役割を果たしてきた。配線を細くする。トランジスタを小さくする。同じ面積へ、より多くの回路を詰め込む。それによって性能を上げてきた。

しかし、その微細化は限界に近づいている。細くするほど、電子は漏れやすくなる。製造コストも上がる。発熱や電力密度の問題も深刻になる。

微細化という王道が詰まりかけている今、「回路の構造や、計算の流れそのものを変える」という別の道に、まだ大きな伸びしろがある。これは、希望だ。

最大の壁は、ハードではない

ただし、この技術には巨大な壁がある。しかも、それは半導体の性能だけの問題ではない。

ソフトウェアだ。

NVIDIAには、CUDAがある。その上に、PyTorchがあり、TensorFlowがあり、無数のライブラリがあり、最適化ツールがあり、何十年分ものノウハウがある。そして、世界中にCUDAを使える開発者がいる。

新しいチップが理論上10倍効率的でも、モデルを移植するために半年かかるなら、誰も使わない。これは、Cellのときの教訓でもある。

PS3のCellは、理論性能では驚異的だった。だが、複数の異なる演算コアを開発者自身が意識し、処理を割り振る必要があり、使いこなすのが難しかった。性能を引き出すには、ソフトウェア側に大きな負担がかかった。

扱いづらいチップには、ソフトが集まりにくい。ソフトが集まらなければ、優れたハードも埋もれていく。その痛みを知っている人たちが作っているという点は、LENZOの面白さでもある。だが、だからといって壁が低くなるわけではない。

さらに言えば、現在の評価は、音声認識や特定のLLMなど、限られた処理での研究結果が中心だ。AIモデルの学習。巨大な生成AI。画像生成。長い文脈。多人数による同時処理。これらでも同じ強さが出るかどうかは、まだ分からない。

道のりは、長い。

それでも、「真空管の時代」を思い出す

真空管から積層チップ、そして脳へ。構造を変えた者が桁違いの効率を実現してきた

ここで、最初の話に戻りたい。

ENIACは、真空管で動いていた。部屋を埋め尽くし、約150キロワットを食う巨大な計算機だった。それを、トランジスタが置き換えた。トランジスタを、集積回路が置き換えた。そのたびに、「同じ計算に必要な電力」は、桁単位で小さくなっていった。

今のAIチップは、どうだろうか。膨大な電力を食い、巨大な冷却設備を必要とし、発電所単位の電源確保が議論され、ついには宇宙へデータセンターを置く構想まで登場している。

これは、真空管の時代に、どこか似ていないだろうか。

もちろん、現在のGPUが技術的に未熟だという意味ではない。むしろ逆だ。

現在のGPUは、半導体技術、回路設計、メモリ、冷却、ソフトウェアのすべてを極限まで磨き上げた、非常に完成度の高い機械だ。その極限まで磨かれた技術が、今、電力という物理的な壁へぶつかっている。その風景が、私には真空管時代の計算機と重なって見える。

「こんなに電気を食うなら、広まるはずがない」かつてコンピュータは、そう見られていた。

そして歴史では、そのたびに、構造を変えた者が桁違いの効率を実現してきた。真空管から、トランジスタへ。そのジャンプは、「真空管を細くする」努力からは生まれなかった。まったく別の原理から生まれた。

今、微細化という王道が限界に近づいている。だとすれば、次のジャンプも、「もっと小さくする」だけではなく、「計算の構造を変える」ところから来るのかもしれない。

CGLAが、その答えなのかどうかは、まだ分からない。実チップが完成し、研究上の推定値へどこまで近づけるのか。量産できるのか。ソフトウェア環境を整えられるのか。本当の勝負は、これからだ。

LENZOは2026年3月、初の独自シリコン製造へ向けて5億円を調達した。研究室の中にあったアイデアが、いよいよ実物の半導体になる段階へ進もうとしている。そういう挑戦が、今まさに始まっている。そのこと自体が、私には希望に見える。

そして、脳のことを思い出す

人間の脳は、約20ワットで動いている。薄暗い電球一個分ほどの電力で、ペタバイト級とも推定される膨大な情報を扱っている。

なぜ、それほど効率がよいのか。理由の一つは、脳が「必要なときに、必要な場所だけ」働くことだと考えられている。記憶と処理が完全に分離されておらず、情報を扱う場所の近くで計算が行われる。

もちろん、CGLAは脳を模倣したニューロモーフィックチップではない。人間の神経回路と同じ仕組みで動くわけでもない。

それでも、演算器の近くにメモリを置く。遠距離のデータ移動を減らす。必要な処理を、効率よく流す。という方向には、どこか通じるものがある。

人類が電力の壁にぶつかり、必死に考えた末に、脳が最初から使っていた考え方へ少しずつ近づこうとしている。そう考えると、なんだか面白い。

最後に

奈良の小さなスタートアップが、NVIDIAという巨人に挑んでいる。正直、真正面から勝つのは単純に難しいと思う。CUDAの壁は厚い。半導体量産の壁も、資金の壁も、営業の壁もある。

だが、仮にNVIDIAを倒せなくてもよい。

推論処理の一部を引き受け、GPUの稼働量を半分にする。クラウドへ送っていた処理を、端末側で動かす。数百ワット必要だったAI処理を、数ワットの専用チップへ移す。

それだけでも、とてつもない価値がある。世界がAIの電力消費に悲鳴を上げている今、「同じ電力で使えるAIの量が、5倍になる」ことの意味は、計り知れない。

真空管で部屋を埋め尽くしていた計算機が、太陽電池一枚で動く電卓になったように。いつか、今の轟音を立てるGPUを振り返って、「あんなに電気を食っていた時代があったね」と笑える日が来るのかもしれない。

その最初の一歩が、奈良から始まろうとしている。それは、なかなか希望の持てる、悪くない話だと思う。

← コラム一覧

他のコラム