太陽光戦争

ペロブスカイトは、二度目の敗北になるのか 太陽電池・第二次戦争の現在地

「またか」と感情で判定するのは早い。でも、黄色信号はもう出ている。

「またか」と感情で判定するのは早い。でも、黄色信号はもう出ている。

大阪府堺市に、一つの工場がある。

かつて、シャープの本社工場だった場所だ。
液晶パネルと太陽電池で、世界の頂点に立ったシャープの、象徴のような場所。

その工場の建物と電源設備を、2025年、積水化学が譲り受けた。
そこに、ペロブスカイト太陽電池の生産ラインを作るためだ。

第一次太陽光戦争の敗者の跡地で、第二次戦争が始まる。

偶然にしては、あまりに象徴的だ。

前編で、日本がシリコン太陽電池で負けた「型」を分解した。
今回は、その型を、ペロブスカイトの現状に、一つずつ当てはめてみる。

前編:日本はなぜ、勝っていたのに負けたのか 太陽電池・第一次敗戦の記録

同じ道を、歩いているのか。
それとも、違う道に、踏み出せているのか。

ペロブスカイトとは何か 30秒で

本題の前に、最低限の説明を。

ペロブスカイト太陽電池は、シリコンとはまったく別の材料で作る、新しいタイプの太陽電池だ。

最大の特徴は、薄くて、軽くて、曲がること。
フィルム状にできるので、これまでパネルを載せられなかった場所に貼れる。

  • 体育館や工場のような、重いものを載せられない屋根。
  • ビルの壁面。
  • 曲がった屋根。
  • 駅や、公共施設の壁。

そして、この技術の出発点は、日本だ。
桐蔭横浜大学の宮坂力教授らの研究が、世界的な起点になっている。

さらに、主原料の一つであるヨウ素は、日本が世界第2位の生産国で資源まで、日本にある。

技術の起源、資源、そして応用技術。
日本には、揃っている。

シリコンのときと、同じように。

「型」に、当てはめてみる

前編で見た、負けの型は、こうだった。

  • 技術で先行する。
  • 市場を作る。
  • 量産投資をためらう。
  • その間に、中国が国家規模で設備投資する。
  • 規模の経済で、価格が破壊される。
  • 撤退する。

では、ペロブスカイトの現在は、この型のどこにいるのか。

「技術で先行する」一致。

日本発の技術で、材料・封止・耐久性・フィルム化といった応用技術で、日本企業は世界の上位グループにいる。積水化学、パナソニック、東芝、リコー、カネカ、富士フイルムなど、有力な出願人が並ぶ。

ここは、シリコン時代の日本と、まったく同じ位置だ。

「量産投資をためらう」ここが、分岐点。

前編で見た通り、日本が負けたのは、ここだった。

では今回は、どうか。

積水化学は、2026年3月にフィルム型ペロブスカイト「SOLAFIL」の事業を本格的に始めた。年産10MW規模からのスタートで、2027年度に100MW、2030年にGW級の製造ラインを目指している。堺の工場への投資額は、900億円とされる。

900億円。一企業としては、大きな決断だ。
シリコン時代に「ためらった」日本企業と比べれば、明らかに一歩、踏み出している。

ここは、前回と違う。

ただし、問題は「速さ」だ。

中国は、すでに走っている

ここからが、この記事で一番重い部分だ。

中国のGCL光電は、2025年6月、江蘇省昆山市でGW級のペロブスカイト量産拠点を稼働させている。

もう一度、時系列で並べる。

中国:2025年 GW級ラインが、稼働。
日本:2027年 100MW級。2030年 GW級を目標。

GWは、MWの1000倍だ。
日本が2027年に作る100MWラインの、10倍の規模を、
中国は2年早く、動かしている。

この数字を初めて見たとき、正直、息が止まった。

「中国が研究で追いついてきた」という段階では、もうない。
日本が100MWの工場を計画している間に、
中国では、GW級のラインが回り始めている。

そして、GCL光電の親会社は、
シリコン太陽電池の世界的大手、GCLグループだ。

つまり第一次戦争で日本を打ち負かした側が、
そこで培った量産技術とコスト管理を、そのまま持ち込んでいる。

さらに、決定的なニュースがある。

GCL光電は、2026年7月をめどに、タンデム型ペロブスカイトの量産販売を、日本市場でも始める予定だ。

日本企業が、日本国内で、中国製ペロブスカイトと競合する。

これはもう、「将来の懸念」ではない。
今、始まりつつある現実だ。

型の第4段階「中国が先に巨大工場を建てる」。
ここは、シリコンのときと、はっきり一致している。

ここで、感情を止める

「またか」

そう言いたくなる気持ちは、よく分かる。

でも前編で確認したように、
感情で「またか」と判定するのは、正確じゃない。

前回と、本当に同じなのか。
違う点はないのか。

冷静に、見てみる。

違いその①:政府が、「負け」を認めている

一つ目の違いは、政府の姿勢だ。

シリコン時代、日本政府は技術開発の支援と導入支援は行った。
でも、国内企業の量産体制への支援は、弱かった。

今回は、違う。

経済産業省の「次世代型太陽電池戦略」には、
「太陽電池産業を巡る過去の反省も踏まえ」という一文が、はっきり書かれている。

政府の公式文書が、自ら「反省」と書くのは、珍しい。

その戦略では、シリコンで負けた原因まで分析している。
中国が、土地の優先提供、輸入関税の減免、電気料金の優遇といった多面的な政策支援で市場を獲得したこと。
日本は、原材料の調達でも競争上劣後し、製造コストが増えたこと。

そして目標を掲げた。
2030年までの早期に、GW級の国内生産体制。
2040年に、国内約20GWの導入。

「研究で勝っても、工場を作らなければまた負ける」

政府自身が、それを認識している。
これは、前回になかったことだ。

ただし、これは「認識している」という話であって、
「実現できている」という話では、まだない。

認識と実行の間には、深い溝がある。
そこは、後で戻ってくる。

違いその②:真正面の価格勝負を、しなくていい

二つ目の違いは、もっと本質的だ。

シリコン太陽電池は、コモディティだった。
「誰が作っても同じ」だから、安いほうが勝った。

でも、ペロブスカイトの日本勢が狙っているのは、
中国のガラス基板パネルとは、別の商品だ。

厚さ約1mmで、曲げられる、フィルム型。

これが意味するのは、
中国製のパネルが「付けられない場所」に、日本製は付けられるということだ。

耐荷重の小さい屋根。ビルの壁面。曲面。

シリコン時代には、存在しなかった市場だ。

もし日本が、
「中国製100円、日本製150円、どっちにします?」
という勝負に入ったら、かなり危ない。
それは、第一次戦争の再現になる。

でも、
「中国製のパネルでは載せられないこの屋根に、この1mmのフィルムなら載せられます」
という勝負なら、話は変わる。

同じ土俵に、上がらない。

これが、日本の最大の勝ち筋だ。

積水化学がフィルム型に振り切っているのは、
この構造を、はっきり理解しているからだと思う。

違いその③:中国の「GW級」の中身

三つ目は、中国側の数字への、冷静な補足だ。

「GW級ラインが稼働」と聞くと、
GW単位で製品が売れているように聞こえる。

でも、工場の公称生産能力と、実際の販売量は、別物だ。

ペロブスカイトには、まだ量産品質の課題がある。

  • 大型化したときの歩留まり。
  • 屋外で何年持つかという寿命。
  • 封止の信頼性。
  • 実際の使用環境での劣化。

これらは、まだ勝負が決まっていない領域だ。

中国の設備投資の規模とスピードは、間違いなく脅威だ。
でも「GW級」という言葉だけで、決着がついたわけではない。

過大評価も、過小評価も、どちらも判断を誤らせる。

では、勝負はどこで決まるのか

ここまで整理すると、現状はこう見える。

技術は、日本が優勢から互角。
特許も、日本はまだ強い。
政府の認識は、前回より明らかに進んでいる。
フィルム型という、独自の市場もある。

一方で、設備投資の規模と速度は、中国が数年先を走っている。
そして中国製は、もう日本市場に入ってくる。

つまり

「シリコンの再現になる可能性は十分ある。ただし、まだ決まっていない」

これが、2026年時点の、正直な現在地だ。

そして、勝敗を決めるのは、
意外にも、発電効率でも、特許件数でもない。

見るべきは、この3点だと思う。

一つ。2027〜2030年に、日本が本当にGW級の工場を作れるか。
計画ではなく、実際に。

二つ。中国との価格差を、どこまで縮められるか。
フィルム型でも、差が3倍開けば、市場は動かない。

三つ。「フィルムだから使える市場」を、中国より先に標準化できるか。
建物の壁や軽量屋根への設置を、日本の建設業界・自治体と組んで、先に「当たり前」にできるか。

この3つのうち、特に一つ目が遅れて、
「GW級は2032年になりました」となったら、
相当に、危ない。

「負け始め」を、早期に発見する指標

前編で書いた。
産業の敗北は、「負けた」と分かったときには遅い、と。

だから、「中国のシェアが何%になった」という結果を追っていては、間に合わない。

もっと手前の、先行指標を見る必要がある。

私なら、この5つを見る。

  • 一つ。中国勢が実稼働でGW級に入り、日本がまだ100MW級にとどまっている。
  • 二つ。中国製の実売価格が、日本製の半分近くまで下がる。
  • 三つ。日本の建設会社が、国産より中国製を採用し始める。
  • 四つ。日本企業が、GW級への増産計画を「延期」する。
  • 五つ。日本政府の方針が、「国産化」より「安価な普及」を優先し始める。

このうち、2〜3個が同時に出てきたら、
かなり強めの「またか」判定だと思う。

逆に。
積水化学などが100MW→500MW→1GWと、予定より速く増産し、
建築用途で長期契約を取り始めれば、
まったく違う未来がある。

そして、この判定の時期は、「2030年」では遅い。
2027〜2028年が、答え合わせの本番だと思っている。

堺の100MWラインが、予定通り立ち上がるか。
そこから、GWへの増設が、具体的な数字になるか。

この一点だけで、かなりの部分が見える。

一つ目の警報ランプは、もう点いている

正直に言う。

今の時点で、私は「また負けた」とは思っていない。
違う点は、確かにある。

でも中国がすでにGW級の設備へ走り、
日本がGW級を「2030年の目標」にしている時点で、
一つ目の警報ランプは、もう点いている。

そして、中国製が2026年7月に日本市場に入ってくる。
二つ目のランプも、点きかけている。

黄色信号だ。
赤ではない。でも、青でもない。

「認識」から「実行」へ

最後に、前編と後編をつなぐ、一つの考えを書きたい。

第一次敗戦の教訓は、「慎重さが最大のリスクになる」だった。
一企業として合理的な判断の積み重ねが、産業そのものを失った。

今回、政府は反省を文書に書いた。
企業は900億円を投じた。
「認識」は、明らかに前回を超えている。

でも、産業の勝負は、認識では決まらない。
実行の速さで決まる。

反省を書いた文書が、実際の工場になるか。
目標のGW級が、目標の年に、本当に動くか。

それだけだ。

「政府は本気です」という説明は、いくらでもできる。
でも、2028年に堺のラインが動いているかどうかは、
説明ではごまかせない。

だから、私たちがやるべきことは、
怒ることでも、諦めることでもなく、

数字を、追い続けること。

感情で「またか」と言うのではなく、
先行指標で「今回は大丈夫」か「また始まった」かを、
自分の目で判定する。

第一次太陽光戦争は、多くの人が気づかないうちに、終わっていた。
第二次は、まだ終わっていない。

そして今回は、
それを見ている人が、いる。

← コラム一覧

他のコラム